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裏庭の父 高ヒット
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昭和22年
1月、GHQは公職追放を経済界、言論界、地方などに拡大する。
あわせてGHQは2月1日開催予定のゼネスト中止を指令する。
2月、台湾で反国民党暴動がおきる。死者は約3万人にも上ったが公表されなかった。
3月、協同民主党や国民党が国民協同党を結成、進歩党などが民主党を結成する。
教育制度改革が実施。6・3・3・4制に統一され男女共学が推進される。
アメリカではトルーマンドクトリンが発表され、米ソの対立が決定化する。
4月、初の参院選挙、社会党が第一党となる。
5月、新憲法が施行、吉田首相退陣、社会党の片山哲内閣が成立。民主、国協との連立であった。
6月、アメリカはマーシャルプランを発表。欧州復興計画というアメリカ主導の戦後復興計画であった。
7月、静岡の登呂遺跡、発掘が始まる。
8月、400m自由形水泳で古橋広之進が世界新記録を記録。同月、浅間山が噴火、死者11名。インド、パキスタンが相次いで独立する。
9月、カスリーン台風襲来、関東、東北を中心に死者1930名を記録する。
10月、ヤミ食糧調達拒んだ地裁判事が衰弱死。
国民のほとんどがヤミ米でやっと生き延びていたとき,東京地裁の山口良忠判事の餓死事件は大きな衝撃を国民に与えた。
山口判事はヤミ米を口にすることを拒否し,配給だけの生活をおこない栄養失調により衰弱死したのである。
法を守る立場の裁判官としてヤミ米を拒否していたのだった。

昭和22年夏、七間町、菊屋の店の裏庭はまわりが空地だった。
その空地を利用して野菜など作っていた。したがって父は農業スタイル。

戦後の食糧難の時代、七間町で菜園を営むという信じ難い写真である。
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