トップページ >  七間町物語 >  昭和10年代 >  大運動会檄
大運動会檄 高ヒット
[ 3007hit ]
大運動会檄

近時処東の一角に捲き起こりし風雲は東亜の急を告げ内治外交埃つて国家非常の秋を叫しむ然る人心相競して徒に不安焦燥に陥り人其の清明の心に非ずして何ぞ我等時の重大を恐れず唯然る人心の危殆を然も之を救ふは我等若人の使命なりと確信す
五月九日我等が第十三回陸上大運動会を挙行し以て其の志の一端を示さんとす
我らが清明の且つ強なる魂に驕れ暫し国濁の世を忘れぬ必すそれ一服の清涼剤たらんか
昭和十二年五月 静高校友会

旧制静岡高等学校は現在の県立静岡高等学校とは異なる学校である。混同しないよう注意が必要である。
大正11年文科・理科よりなる修業年限3年の高等科が設置された。
仏語を第一外国語とする丙類が置かれた旧制高校である。
ほぼ完全な寮自治が行われ、生協に倣って早くから自炊制度が導入された。
入学者は静岡県出身者が最も多く、東京府出身者がこれに次いだ。東京帝大への進学率は一高・浦高に次ぐ第3位を占めた。
寄宿舎として「秀峰富士を仰ぐ」という意の「仰秀寮」が設置された。
新制静岡大学の前身校の一つであり、文理学部の構成母体となった。
昭和24年、新生大学発足のため包括され翌昭和25年、廃校となった。

写真は旧制静高の運動会の檄である。
昭和12年12月、日中戦争が開戦した。その約半年前、開戦前夜の檄である。

昭和12年5月、吉見書店の前にて撮影。
カテゴリ内ページ移動 ( 61  件):     1 ..  17  18  19  20  21  22  23  .. 61