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キャラメル大将 高ヒット
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森永キャラメル大将

七間町、扇子屋に訪れた「森永キャラメル大将」。
森永製菓の広告宣伝塔として有名な人物であった。
七尺二寸(2m18cm)の大男で、その風貌は外国人にも違われたという。
もと力士「白頭山」であるという説もある。
多くの市民がひと目、キャラメル大将を見ようと押しかけている。
キャラメル大将の後に扇子屋十七代目、庄兵衛の姿がある。
昭和5年前後の撮影。


「キャラメル大将」の不思議 北海道、札幌のキャラメル大将

 これもまた遠い昔の話である。
 北大の正門前に中屋というお菓子屋さんがある。いまでもあると思う。ここは戦後、「クラークまんじゅう」を売り出して有名になったが、昔からあるお店で、なかなか意欲的な経営をする店だった。私の家は北大の正門前だったから、子供達には、おやつのために中屋はなくてはならぬ大事な店だった。
 多分、私が小学校に入る前のこと。その中屋に、ある時、今日は「キャラメル大将」が来る、という評判が立った。そもそも「キャラメル大将」とは何か、何者か。よく分らない。しかし、要するに、中屋の宣伝、つまりコマーシャルで誰かが来るらしいということだけは推測できた。その日の午後だったか、押しかけた子供の数は大変なもので、中屋の前の電車道路が子供で埋まった。いまのように交通量が多くなかったから、あれですんだのだろう。子供だけでなく大人も混じっている。やがて、ざわめきがひときわ大きくなると、大きな乗用車が一台ゆっくりと、群集をかき分けるように入ってきた。そして、中から現れたのは、白い華麗な将軍服に大将のエボレットと軍帽を着けた巨大な人物。これが「キャラメル大将」。「大将」は、案内役らしい人に誘導されて、ゆっくりと車から降りると、子供たちに揉まれるようにして中屋の中に移動していった。どうも表情がない。動作が緩慢で一言も言わない。誰かがクラッカーみたいなものをはじかせると、その音におびえたような表情をする。「ピストルと間違えた」と誰かが言う。
 あれはどういう人だったのか。もしかしたら白系ロシア人ではなかったか。どうも顔が東洋人ではなかったような気がする。言葉が分らないから、表情もなく、動作も緩慢だったのではないか。そうした宣伝マンを配給する広告配給会社みたいなものがあったのか、あるいは、中屋独自の企画だったか分らない。私の幼時の不思議な記憶である。
(助川敏弥氏のHPより引用)
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