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村松友視 高ヒット
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自転車の花道

 呉服町通りから、田中屋の手前を左に曲がった右角に、けっこう大きい古書店があった。ここに立ち寄るのが、七間町通りへ入って最初の儀式のようなものだった。中学時代からこの古書店を覗く習慣を持った私は、何という目的もなく店内にある本をながめ、店の人と、二言、三言の会話を交わしたりしていたのだから、まことに爺むさい少年だった。
 この古書店ではいくつもの本を買った。北斎の「東海道五十三次」や「蒙古襲来絵師」や宮武外骨編の「洒落番付」などは今も手もとにあるがこの年になってようやく役に立つような代物だ。「東海道五十三次」と「蒙古襲来絵師」は木版画を複製した印刷物だったがそれでもけっこう高かったはずだ。「洒落番付」にいたっては“恐れ入谷の鬼子母神”“何か用か九日十日”などが小結や関脇に置かれているなど、中学生には分かりにくい大人びた趣味の本である。
 どうしてこんな本を買って喜んでいたのか、そのあたりは定かではないが、屈折した環境に育ったことがベースにはあり、それに古書店のご主人に褒められたい気分が加わっての、出来心による買物だったにちがいない。
 その一軒おいて隣は吉見書店、ここではちゃんと学校生活にふさわしい本を買った。吉見書店製のカバーが、いつの頃からか出版社製のものに変ったが、わたしは吉見製のカバーを気に入っていたのでちょっと寂しかったのを憶えている。
 そこから先へ向かうのは、御他聞にもれず映画館が目当てだったが、目的の映画館へ行くまでの歩道の幅の半分占めようかという自転車の数がすごかった。これは呉服町とても同じだが、七間町通りの風景を思い浮かべるとき、おびただしい数で列んでいる自転車は、欠くべからざる風景だ。“静かな岡”という平坦な土地の移動に自転車は大いに便利で、静岡は全国的にも飛び抜けて自転車の多い街だったはずだ。
 大通りを渡った左側に二館、その先の右側に国際劇場があったのではなかったか。国際劇場ではいろいろな洋画を観た。スペンサー・トレイシーの「山」、メキシコが舞台の「黒い牡牛」などが思い浮かぶ。向かい側は日本映画用の映画館だったはずだが、なぜかマガリ・ノエル、エルオノラ・ロッシ・ドラゴといったフランスやイタリア女優の白黒画面の中の濡れたような唇が、錯覚かもしれぬがその二館のどちらかに重なって甦る。このあたりの正確な記憶は、もはや甦ってこない。
 ただ、七間町にあった映画館で、おびただしい映画を観てきたのはたしかだ。それも、オリオン座や国際劇場で観る映画と違い、先生や親に言えば眉をひそめる類の作品群だが、それらは後になってみればわたしの大いなる財産となった。
 前田通子主演の妖しい新東宝映画「スラバヤ殿下」など俳優としての地位を確立する以前の森繁喜劇、“カックン”の由利徹主演で「湯の町エレジー」の近江俊郎の監督作品や“社長シリーズ”、“裕ちゃん”出現以前の三国錬太郎、水島道太郎、三橋達也などが主演する日活映画、入江たか子の“化猫シリーズ”黒川弥太郎の“十六文からす堂シリーズ”などは平均的な少年があまり見なかった映画だろう。だが、今となってはそれぞれが十分、語るに足る内容を含んだ作品なのだ。
 わたしは、七間町でかなり大人びた空気を味わったような気がする。古書店でその頃には役にも立たぬ爺むさい本を買い、映画館ではおびただしい数のB級映画を観た。古書店や吉見書店でちょっと少年らしい体裁をととのえてから、自転車がぎっしりと列ぶ花道を通って、親や学校の推薦しない“悪所”へと向かう・・・それがわたしにとっての七間町という空間だった。ただ、わたしの“悪所”は映画館止まり、その向こうには本当の大人のさらに奥深い二丁街があり、それにはついに間に合わぬ世代だったのである。

作家。「時代屋の女房」で第87回直木賞受賞。城内中、静岡高卒。

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