大正時代 花見の記念撮影

大正6年
大正6年2月、南樺太の豊原に王子製紙豊原パルプ工場が操業開始。
同月、日本は地中海へ艦隊を派遣し連合国と共同作戦を行った。
第一次大戦たけなわのこの年、同盟国イギリスの要請で連合国の輸送船などをドイツの攻撃から守るためであった。
英海軍は病院船、兵員、兵器輸送船など護衛の大半を日本に任せた。
3月、宝生九郎死去。宝生九郎知栄は明治維新によって消えかけた能楽の伝統の灯を後生に受け継いだ偉人である。享年81歳。
同月、戦艦「山城」が竣工、扶桑型の二番艦であった。
8月、シベリア出兵開始。日米英仏伊のロシア革命に対する内政干渉であった。
チェコ軍団を救出するという名目で始められた干渉戦争であった。
日本は兵力延べ7万3000人を出兵し当時の貨幣で約9億円という巨額の戦費を投入した。
シベリアの荒野で、いわゆる過激派なるものと戦い、遂に一物を得ずして撤兵したる悲しむべき大事件の始まりであった。
同月、戦艦「長門」が起工。
9月、金輸出禁止令が発布。
12月、戦艦「伊勢」が竣工、扶桑型より設計変更された軍艦であった。

写真は浅間神社において。花見の日に仲間と写した記念写真である。

大正6年撮影。