大正時代 葬儀の行列

落合乳母車店葬儀の行列

落合乳母車店はもとは七間町三丁目の電気館の横で合羽の製造販売をしていた。
昭和七年に現在の江戸っ子の場所に移り、藤のいすや乳母車の製造販売を始めた。
本通り一丁目に工場があり大勢の若い衆が乳母車を作っていた。
戦争が激しくなって材料が手に入らなくなり、職人も徴用や召集でいなくなって、とうとう商売ができなくなってしまった。
かばんやトランクを売り始めたところで空襲で焼かれ上土に疎開、終戦まで暮らした。
戦後すぐ七間町に戻り巾着などの袋物を商っていたが昭和四十一年に店を閉じ水落に移った。

写真は大正時代撮影の七間町札之辻町「落合乳母車店」の葬儀の行列。
撮影された当時は、まだ乳母車等は製造していないので、正確には落合家の葬儀である。
七間町二丁目、きりや呉服店前での撮影。

七間町では現在でも店主の葬儀の折、亡骸が自身の店まで手向けられ、七間町の人々が今生の別れを惜しむ場合もある。