家族で日本平へ

昭和17年

昭和17年1月、日本軍マニラを占領、同月、衣料切符制がスタート。
2月には、日本軍シンガポール占領。
4月、日本軍、バターン半島占領。アメリカ軍の東京初空襲があったが奇襲であり市民生活は平穏であった。
5月、長崎で大洋丸、米潜水艦に撃沈される。同月、金属回収令公布、寺の鐘なども「出征」される。
同月、与謝野晶子死去。明治37年に発表された「君死にたまふことなかれ」は不滅である。
6月、日本軍ミッドウェー海戦敗北。大本営発表では大勝利となっていた。
8月、第1次ソロモン海戦で日本勝利。
11月、北原白秋死去。
12月、「海ゆかば」国民歌になる。

友だちの浅井さんが、明日日本平へ遊びに行くから、どうしても一緒に来るようにと誘ってくださり、浅井さん一家とともに楽しい一日を過ごしたのが本当に懐かしく思い出されます。
日本平は今と違って、安らぎを感じさせる山というより丘といった方が相応しい大変静かな茶畑のいっぱい広がるのんびりとしたところでした。
大東亜戦争の初期、私は城内国民学校三年生だったと思う。
(写真原文通り)

昭和17年撮影。